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あの悲惨な大震災からはや3ヶ月が経過した。なのに、被災地にはいまだに9万人近い避難者がいて、行方不明者もいまだ8000人を超える。しかも原発事故は一向に先が見えない状況だ。
そんな緊急事態の中、政局は不安定で無意味な政権争いだけが繰り広げられている。 河北新報の6月11日の社説は、そんな政治の一極集中に苛立ちを隠さない。 河北新報:東日本大震災発生から3ヶ月 「大連立」とか「後継者」なんてどうでもいい。一刻も早く震災から立ち上がる道筋をつけ、また原発が今本当はどうなっていて国民は身の安全のため何をすべきなのかを正しく情報発信してもらわなくては、取り返しの付かないことになる。今なお国会でくだらない政治の綱引きなどに明け暮れている場合ではないのだ。 中央が今ひとつ他人事のようになっている原因の一つには、河北新報の記事にもあるように、東北に対する差別意識が根底にあるのではないかと思う。 恥ずかしながら、私も両親が東北人である事を周囲に積極的には言ってこなかった。別にそのことを恥じているわけではなくむしろ誇りに感じていたのだが、東北以外出身者の中に東北人を蔑む気持ちを持つ人が少なからずいることは肌で感じていた。それは元サントリー社長の故佐治敬三氏の「東北熊襲発言」を引くまでもない。自分の誇りを、東北をよく知りもしない人たちに踏みにじられたくないと思っていた。 今回の地震で、人生で初めて「東北弁」をテレビからたくさん耳にしている。それは耳慣れた優しいなまりだ。 関西弁はもどきも含め毎日TVから流れてくるし他の地方の言葉もしばしば耳にするが、こんなに東北弁を聞いたことはかつてなかった。仙台に行くたび驚くのは、東北なまりで話している声が昔に比べ激減していることだ。これはなまりが恥ずかしいからなるべく標準語に近い言葉を話そうとしているに違いない。 少し脱線してしまったが、大震災から3ヶ月も経ったのに、被災者の皆さんは今も苦しい生活を強いられている事を、どうか忘れないでほしい。 いま被災しなかった私たちができることは、被災地のために、自分が出来る範囲のアクションをすること、そして政府が正しい道を選択するよう一人一人が声を上げることではないかと考える。 永田町の動きは被災地不在となっている。もしかしたら明日は私たち自身に降りかかる災いかもしれない。 決して他人事ではないのである。 |
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twitterで140字の「つぶやき」を見るようになって1年以上経ちます。
私はtwitter開始前と後で、マスメディア情報の受け取り方が 全く変わりました。 そして東日本大震災により原発事故が発生して以来、 大手マスコミによる報道と、twitterで収集できる情報の 大きな格差を目の当たりにしています。 以前からみずさわ店長は 「大手メディアが報道していない重要なことがたくさんある」 と主張していたのですが、改めて実感しました。 今回、twitter上で問題視されていたことで、1ヵ月後にやっと マスコミ発表となった情報が多々ありました。 日本って情報がかなり偏ってるかも。 そんな中でも、アナウンサーやコメンテーターの人たちの中には、 真実の報道をすべく、おそらくはプロデューサーや会社上層部の 意に反して戦っている人がいることにも気付きました。 twitter上には情報が溢れていますが、それらをキャッチし 検証する力さえあれば、どれがガセでどれが信頼できるか、 何が問題なのかが浮かび上がってくるでしょう。 また、根拠がリンクで提示されているものも多々あります。 忙しければ見なくてもいいし、自分のつぶやきも流れていくので ブログほど気合もいりません。 自分はつぶやかなくても、まずは好きな人をローマ字で検索して 数人フォローするので十分です。 「今twitterやってないけどどうしたらいいかわからない」 という方、とりあえず始めてみることをおすすめします。 ☆彡Twitter登録☆彡 登録したら、試しにみずさわ店長と私をフォローしてくださいね。 以下をコピペして検索してみてください。 店長: TORU_MIZISAWA (←全部大文字) CHIE: phalromi (←全部小文字) 「バールみずさわ」チームは、目下リツイートが若干片寄り中。 気に入らなければ気軽にフォローをはずしてOKです。 とりあえず1ヶ月、眺めてみてね。 リツイートされている中で気になる人がいたら、どんどんフォローを増やしましょう。 うまく使いこなせば、きっと世界観が変わるのではないかと思います。 ちなみに私、twitter社さんの回し者ではありません(^_^;) それと、Facebookは全く使いこなせてない状態です(>_<) |
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![]() 今日であの東関東大震災からちょうど1ヶ月。 私の両親は宮城県の出身で、今回の地震で親戚の家が 結構被害に遭いました。 ただ幸いなことに、父8人兄弟(3人は既に天国ですが)、 母7人兄弟で、ほとんどが宮城県在住なのですが、 奇跡的に親戚は全員無事でした。 しかし被害は相当大きく、たとえば母の実家とその周辺の 集落は、家のみならず、田畑や牡蠣の養殖場を失い、また もしかするとこれまで住んできた地域とのつながりも 手放すこととなるかもしれません。 私は母の実家でお産婆さんの手で生まれました。 子供の頃は夏休みになると、厳しい明治男のおじいさん、 やさしい福の神のようなおばあさんのもとに、おじおばと 大勢のいとこ達が集まり、とてもにぎやかに 一緒に、豊かな田舎の海と山で思いっきり遊びました。 いとこ達と手漕ぎ舟でアサリ掘り(私の田舎の海は砂浜では なかったので、首まで海に浸かり、あるいは潜り、足で アサリを探って掘り出していました)をしたり、魚やカニを つかまえたり、朝早起きしてカブトムシ採り、ラジオ体操に 行ったり、、たねっこ(種っこ)屋と呼ばれる なんでも屋さんでいとこ達と駄菓子やアイスを買ったり…。 とても美しい、自慢の田舎でした。 冬にはおじいさんから、養殖している牡蠣と、お金がたまる ようにと乾燥させたタツノオトシゴが送られてきました。 タツノオトシゴは、きれいな海にしか住めないと言います。 その家と海辺が流されてしまいました。 家は江戸後期か明治時代に建てた書院造の立派な家でした。 屋外に五右衛門風呂がありました。 その家には遥か昔、かの「弁慶」が立ち寄ったと、村のお寺の 古文書に書き遺されているそうで、最近まで気付かなかった のですが、土地の名家だったようです。 ![]() 昨年、わが家族と私の母を連れて、宮城をたずねたことは、 バール・みずさわでみずさわ店長が触れたとおりです。 その際、前年に亡くなった父方のいとこのお墓参りと思い、 父の実家に行き、80歳になるおじには挨拶してきました。 しかし観光シーズンの横浜―松島2泊3日の自動車旅行で 激しい渋滞に遭い、母の実家までは行けませんでした。 7年前亡くなった母方の祖母の葬儀に、私はCooがまだ小さかった ため行かれなかったので、この旅行でお墓参りもしたかったのですが、 来年(明けて今年)改めて行こう、ということになっていました。 それなのに、母の実家は跡形もなくなってしまったのだそうです。 おじは高齢のため牡蠣の養殖の権利は他の人に譲っていましたが、 田畑も塩水に浸かり、また昨年収穫したおじのおいしい「ひとめぼれ」 も、津波に流されてしまったそうです。 母の母校・大川小学校は、報道のように児童や教職員の多くが 津波に流され、母の友人のお孫さんたちも犠牲になったといいます。 母は典型的な口数少ない東北人で、じっと耐える気性で悲しみを 表情には出さないのですが、とても心を痛めているようです。 母の兄であるおじ夫婦の安否は1週間以上判りませんでしたが、 過去にも津波の被害に遭い、その怖さをよく理解していた ので、いち早く高台に逃れて、無事だったそうです。 ただ、もうあの敷地に戻って家を建て、田畑を新たに再生して 続けるには、年を取りすぎてしまったといいます。 息子(私のいとこ)は既に、農業だけで生計を立てるのは厳しいため その家は継がず、仙台でサラリーマンとなっています。 しかしそんないとこを責めることは出来ません。 似た状況で家を継いだ父方のいとこは、専業農家では生活が苦しい ため警備会社にも勤め、二束のわらじで頑張った挙句、一昨年 春まだ浅い3月初旬、勤務中に一人警備室で52歳の若さで旅立って しまったのです。奥さんも共働きで頑張っていたのに…。 一方、東松島市野蒜(のびる)に住む父方のおばも被害に遭いました。 今年おばからもらった年賀状にこう書かれていました。 「昨年は寄ってくれれば良かったのに、Cooちゃんに会いたかったです」 しかしその野蒜地区も津波で流されたと報道され、しかも数日後、 200名以上の遺体が発見されたと報じられ、親戚筋に連絡してもわからず しばらく安否不明でした。 1週間を過ぎた頃、宮城の内陸に住む別なおばから「連絡が取れた」 と安堵の知らせをもらいました。 しかし、やはり野蒜の家はすっかり流されたということです。 石巻の市街地に独りで住む80歳手前のおばも、床下浸水で家に いられる状態ではなく、避難所生活が続いているそうです。 続く余震に落ち着かない日々を送っているかと思うと、 とても心配です。 東北地方太平洋側から東日本の広範囲で今なおおさまらない被害。 それでなくとも東北の農業・水産業の存続の厳しさを肌で感じて いただけに、今回の地震はさらにこの地方の第1次産業を衰退させる ものになるのではと、真剣に危惧してもいます。 でも今はただ、被害に遭った人たちが、平穏に思える日を 1日も早く迎えられる事を願うのみです。 そして私たちは、おのおのができる事を精一杯して、 被災地の助けとなるよう頑張るしかないと思います。 ![]() ※写真は全て昨年の旅行の際に撮ったものです。 テーマ:東北地方太平洋沖地震 - ジャンル:日記 |
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![]() また来たよん! ヒマなもんでブログアップ! |
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![]() ACDC来日ついに見に来たよ〜! 9年振りでドキドキです! |
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って感じの風紋ができてました。

